あいかわらず、自分のペースで書籍15冊を常にぐるぐる回し読みをしています。
私の場合、一冊を集中して読む、ということはありません。
読みたい本を その時の役割や、やっていることでチョイスしていると思います。
また 会社にいても家庭にいても手仕事が多いのと、
一人になる環境がナイ。
ですので あえてそのヒトリの時間を作らないと読めないのが実情です。
この日までこの本を読み切ろう!とは思わない読み方です。
その時にチョイスした1冊を読み終えれば また 何冊かを投入をします。
今回は “晩嬢(バンジョー)という生き方”。を読み終えました。

この本は 行った現場先の書店で購入し、その行った先の現場待機中に完読という、
私にとってはとても珍しくスムーズで まず あり得ない読書タイミングでした。
さて この“晩嬢”です。
博報堂生活総合研究所・プレジデント社・聖心女子大学 とあれば
私にとって 別世界です。
広告老舗大会社知恵いっぱい先見性ビジネス研究情報てんこもり全世界意識高い客観性具体性でかい天下有名日本経済を担う一流お嬢様etc.etc.とあふれてきていました。
辛甘レビューを拝見していたので ちょっと先入観ありでした。
読み終えてみて、
“同性同世代でも これほどまでそれぞれ生き方が違うんだな~”
と予想どおり自分を客観視できました。
これも 多様な生き方の時代ということですね。
ひとり世帯、夫婦ふたり世帯、母子世帯が 標準世帯の昨今ですものね。
花飾
山姥ブログより
(株式会社夢魅る力 HPはこちらからです。)
11月27日 朝日新聞
備える 人生のエンディング⑭ 葬儀・上 から 続②
【決めておくこと】について私は思う。
“死は究極の平等“という。
葬儀をするかしないかは別として、死は必ずある出来事で、
死体となった自分は、意思もないので自分ではどうにもできないのが現実である。
ならば 不謹慎とか不吉を通り越し、
遺体については
残された人の手を煩わせることなく、また、
心については
家族に むやみに悲しませることがないようにしたい。
と誰もが願うところではないか。
死に対する事前準備は必要だと強く思う。
ここに掲載されているお二方の選択は、
前者は死への考え方への取り組みを実現し
後者は死の演出を実現した。
いづれも 事前準備をしていたことで
安心や やすらぎを生んでいる。
ご喪家は ほぼ3日間はバタバタだ。
バタバタとは、
悲しみとたたかう(違う場合も有り)、段取りをする、打ち合わせをする、
お金の計算や準備をする、部屋を片付ける、挨拶や接客をする、身辺周りを美しくする、etc.etc
と実際はもっと細かなことを 即断即決で実行をしていく。
安心や安らぎを死から得るには 死に対する考え方一つだと思える。
死んだ経験談を話してくれる人や生き物はいない。
お手本はない。
ただ、宗教は、自分自身がそれを信じることによって、
心穏やかに心救われる。
明日を見出してくれる。
恐怖や不安を除いてくれる。
けれど 体験談ではない。
私は、あたりまえにくる死を一番 怖がり嫌っている。
怖くて嫌いなのは 自分の死のことではない。
人の死のことだ。
なぜならば 自分の死であれば、
自分は死んでしまうので 自分は傷つかない。
けれど 人の死については自分がダメージ100を受けるからだ。
勝手だが悲しみたくない。
つまりは 死には多かれ少なかれグりーフが伴うのだ。
だから 逆に自分が死んだことで 家族を
むやみに悲しませたくない。という気持ちが強くなる。
そうなると 自分のことについて合理的に
心も事柄も事前準備をして【決めておく】方が 自分が安心する。
決めた内容は 変わることは当然にある。
決めることを 考えてみる時間をとることが大事で
その先に うまれるものが 安心して逝ける という着地点であることを知っておきたい。
花飾
山姥ブログより
11月27日 朝日新聞
備える 人生のエンディング⑭葬儀・上 から

「お任せ」がトラブルのもと。とある。
でも これらは
もうそろそろ消費者が未然に防げることではないだろうか。
葬儀費用が不透明だと騒がれはじめて年月が経つ。
しかし、これは自身の葬儀社選択の結果ではないだろうか。
実際、金額が不透明な葬儀社ばかりではない。
当社の元請け(葬儀社)は、親切でスケルトンな会社が多い。
葬儀にかかる費用の仕組みを
消費者が知ってか知らぬか、聞くか聞かぬか、
そのへんではないだろうか。
介護同様に、 葬儀をするなら消費者が知識を身につけたいところだ。
また 事前の見積もりは必須ではあるが
やたらに アイミツをとって(あちこちの葬儀屋で見積もりを作成する)、
金額に細かい消費者もいる。
葬儀社も プロである。
「お金がない」「お金をかけれない」と伝えれば
その中で 充分なサービスを用意している、というものだ。
それに 葬儀を行ってみないと 計算できない仕組み(料理や返礼品など)も理解したい。
それが 腑に落ちないのであれば
最初から それを自身でコントロールすればいいこと。
会葬者は呼ばない、見栄はやめておくなど
葬儀は 自分次第でよくもわるくもなるのだ。
これだけ 葬儀社の不透明さが騒がれたあとは
次は 消費者の選択眼次第だと近頃思うようになった。
まずは
どこの葬儀社で依頼をし
何にお金をかけて 何にはお金はかけない、と【決めておくこと】が
「お任せ」消費者にならない第一ステップだと思う。
急な出来事だから 前向きに 考えたいことでもある。
(株式会社夢魅る力 HPはこちらから)
長女が実家に帰ってきて、
また、出て行く時に玄関先に置いていくものがこれです。
”もりじお”。
ベビーピンクとベビーイエローのやわらかな色合いで
最初から この形になっています。
くだいてみると 中身は若干ふわふわの粒子です。
この役目は、、、、
家内安全?
邪気を落とす?
意味合いは 彼女にしかわかりませんが、
立派な 有難い 置き土産です。
自分の居ない間の実家のことを気遣うとは 流石 長女です。
私の20代の頃とは違うな。
よしよし。
私の場合、
イソガシイ という言葉は特に意識をして使いたくない言葉のひとつになっています。
イソガシイとは こころをなくす、
と書くのは有名な話しです。
ですので
私は イソガシイと音(おん)を発したくないので
言わない。
社交では 「ご多忙中恐縮ではございますが」とは言います。
これは あくまでも ビジネス上の繁栄と相手への労いを指しています。
プライベートで 最も使用したくないのがイソガシイという言葉になります。
何故かというと
私は、
日々 心もなくしたくないですし、
人の命も亡くしたくない、からです。
くちぐせは その人の潜在意識に作用すると聞きます。
そして 無意識レベルまで達すると聞きます。
言霊も有りと思います。
私は、
こころを持って 命を持って いたい。
こんな仕事だから、毎日毎日毎日毎日そう思います。
例えば、
棺の中をのぞきこむ行為。
火葬棟で感じる感情。
これが この世でのお別れだから、毎日の命を感じていてほしい。
そして 天寿を全うする日を穏やかに迎えてほしい。
葬儀という行為を偏見なく真正面からみてほしい。
うまくお別れしてほしい。
それから、、、
人生中途で自らを終わらせないでほしい。
先を急ぐ必要はない。
必要なものは
自分自身だから。
それに
忙しくない人は いっぱいいるから。
渋谷 代官山 都立大学 青葉台 市が尾
電車で移動の一日でした。
市が尾では 忘年会に出席です。
人混みに始まり 人で終わる、人にフォーカスの一日でした。
花飾
山姥ブログより
小さい会社の朝8時からの 作業場では
現場への大道具・小道具の積み込みや
明日の現場分の花の仕入れや下準備に仕込み
電話応対にFAX処理etc.etc.と
日々の現場を成功させるために
トップは くるくると手と足と頭をつかいます。
弊社ではコントロール出来ないイレギュラーに備えます。
「出来ません。ありません。無理です。」が 通用しないのです。
今日は今日の役割を 全うするため
出勤してくるプロ職人男性陣も
てきぱきとこなして応用をきかせていきます。
毎年 冬でも 朝からいい汗をかいています。
そして
最短時間ルートで現場に到着し
施工や 撤収でまた大汗をかき、
イレギュラーをクリアーし、
また 夜8時から 作業場に帰社をして
今日の現場の片付け、明日の仕込みと移行しながら
ひと汗をかきます。
一日で約2~4回ほど だ~っと汗をかくプロ職人たちですが
これがまた みんな けんこーーーー。
汗が冷えて 寒いはずなんですが
みんな健康なんです。
これは 凄いことだと思います。
どの業界でも 健康管理 は第一で 自分が資本。
ただ、この業界は
夜中だろうと早朝だろうと日曜も祭日も無関係でボンクレショウガツは特に過激なエンドレスな業界のため
不規則 は否めません。
なお且つ 冷暖房無関係で水仕事。
この仕事が好きでないと務まらない。
やらされてる感では 居れない場所です。
だから なんでしょうね。
この仕事をつづけて健康でいよう!という気持ちがあるから
病気に逃げない。持病のせいにしない。
衣類の保温・防寒・発汗・撥水・吸汗速乾etc.etc. これもナイスチョイスです。
”健康管理”。
自分で管理出来なきゃ 誰かにに管理されちゃう。
お医者さんとかね。
私は できるなら予防として お医者さんと関わっていたいです。
そして持病とうまくつきあえる知恵をもって、
みんなの無事と心身ともにある健康がいつまでも続きますように。
株式会社 夢魅る力HPはこちらからです。
たぬきに最近 会います。
これがまた 逃げない。
大丈夫?
ここは 車道だから・・
対向車にわかるように
パッシングしてあげるから、今は待っててあげるけど
いつも どーしてんの?
ちょっと 大丈夫???
・・・・
じーーーーーっと
こっちを見ている・・・たぬきが。。
夏には 子だぬきに会って ぎゅーぎゅーないていて
結構 ソプラノでびっくりしましたが。。
・・と
対向車にパッシングして
対向車停まるぅ のおー
その後 対向車停まったまま・・ーー。。
私 ドアミラーで後方確認するも あの対向車のブレーキランプ点灯のまま。。
どかないんだな。。たぬき。。
子供のころ ひとりっこ のせいか
超トロかったらしい私は
(俗にいう うすのろばかまぬけ状態で ぼーっとしていたらしいです)
母から たぬき のキーホルダーを持たされたことがあります。
(私が かえる のキーホルダーを12年前くらいに長女次女のランドセルに勝手につけていたように。)
なぜ たぬき かと申しますと
母いわく 他を抜く。 からとのこと。
(かえる はご存じのように 無事かえる。から)
確かに
時代は相対評価【他人と比較して自分の位置を知る】。
(うすのろばかまぬけ的な私の行動は 現代では 癒し。)
競争意欲がもともとなくて
現在も たぶん発達していないと思われますが
この年になってみると
仕事では
他を抜くことには 重きはおかず、
仲良しクラブではない
共存共栄を目指したいものです。
つまりは
人間関係は最高ーーー だから業務は厳格に、
気が長くてあきらめない。やることやらせることはシビア。
そんなん動物はいるかなあー
う~~~~~n・・
本日のブログを精いっぱい書きあげて
アップする前の手順で
”保存” にしたら 消えた。
今日のブログの内容が全部消えた。
先月くらいにも 何回も起こっていた現象で
最近 なかったのに また始まった。
困る。
今日のブログは特に困る。
内容が期限つきで今日までのものだからだ。
まして 自分のことではないからだ。
先輩の出版に関することだからだ。
今、書いているこの記事はいったんコピーをして何回も
同じ作業を繰り返して”保存”に至った。
いつまでも PCの前に座っていられる職業ではないので
非常に困る。
そして
今日じゅうにアップできなかったので
先輩の出版の件は ここでは無意味になる。
最も困る。
花飾
山姥ブログより
「地球温暖化対策推進国民運動」
参加の承認をいただきましたので 早速弊社内 告知です。

自分ひとりくらい い~や
って 思ってませんか?
その
自分ひとりくらい が
たくさん居たら・・・
その たくさんの中のひとり。になりたくないですものね。
生花とハニカムを使用して夢を描きます。
ここにも 花で表現をした心理があらわれます。
フラワーハートセラピーは
特許庁で認められた知的財産の芸術療法なので
花姿・花色・花形で みていきます。
ところで
夢をもっていらっしゃいますか?
私はもっています。
でも
人の夢と書くと
儚い と読むのですね。
・・・ゆめをみつづけるちから が
わたしは必要だと思うのです・・・
現場から移動現場から移動現場から移動現場から移動です。
頭はパンパンですが 紅葉が美しいのです。
そして道が パッと明るいのです。
黄緑から黄色 薄ピンク赤 と変わる美しさ。
お婆ちゃんに見せてあげたいです。
・・・お婆ちゃんって 私もおばあちゃんだったな・・・
生業は 冬の繁忙期で ごったがえしている中、
申し訳ございません。
行かせていただきます。
子供たちとの写真撮りへのため 予約した写真館へ。
5年くらい前から 姉弟写真を写真館などで撮ることを始めました。
今年のメインは
長女とその婿どのの成人の お祝いです。が
孫の誕生もありました。
長男の入学もありました。
ほそぼそながら 当社の創業(夢魅る力)もありました。
ん?結婚というのも あったんではないかい。
すると・・
5つの行事が重なった訳で・・・
やぁ~めでたい。
やぁ~騒がしい。
メインエベントは ふたりの成人式にしとこうかぁ(*^-^)。
そのご両人の御蔭で 孫が誕生したり ちびおじさんの役割をもらったり
創業できたりしたのですから。
そんなこんなの中、家族8人で 日時を合わせて写真撮りです。
成人式の着物は私が当時着用したものです。
七五三の 7歳 3歳も 長女次女三女とも わたしの着物でお祝をしました。
その当時も 写真をプロに撮ってもらい 残しておいたのですが
それらの山のようにあった写真やビデオテープなどの成長記録は
何度も引っ越しをしている間に
大切度の優先順位が落ちていき もしくは 急ぎの用件で
持つものしか持たなかったりして
山のようにある写真やビデオの優先順位が落ちてしまい、
つまり 必要順位が落ちて 今はその写真がほとんどありません。
私の記録は誕生から それこそ皆無です。
何十冊とあったアルバムや 大量のビデオは今では ゼロ。
そのことが いいか悪かは別として
生きて食べていく事に重きをおいていると
成長過程を楽しく観ている時間をとらなくなるんですね。
生(ナマ)の子供たちの日常で
おなかいっぱい![]()
後生大事にしてきた成長記録(映像)って
”今という時”が がむしゃらだと 申し訳ないくらい必要なかったりするものです。
そして その映像を観ないと撮った意味がなくて
そのうちに観ないから 要らなくなっちゃう。
撮った時はある程度 観たりするんですが。。
でも もう ブツが無い のは仕方がないので
いいもわるいも結局 無い わけです。
そこでの集合写真、
今日は子供たちみんなが かなり 楽しみにしている日です。
(ドレスが着れる変身お姫願望)
調子にのって 親も 写っちゃいました。
連日連夜 生業の現場と作業場続きで
生業以外の予定は軒並み キャンセルの現況・・・。
(いつも申し訳ございません。)
いささか 家族のためのこの行事で
会社を出るのは 出ずらかった・・・が
しかし
上司の粋な はからいで写真館には予定通り4時着でした。
また 子供たちや孫みんなが おりこうさまだったので
着付けやメークなどで3時間ほどかかりましたが 無事に写真を撮り終わり
アルバム一冊と孫ストラップは 婿殿のご実家へプレゼントにして
午後8時半 自宅着です。
お寿司とケーキで 祝・成人 です。

4人座りの丸いテーブルに
7~8脚のいろいろな形のイスが ぎゅ~ぎゅ~。
これから孫の頑丈なイスはどこに置こうか・・?
おめでとうございます。
これからも そのままうまくいく人生を選ぼー![]()
花飾
山姥ブログより
協力会社ではない下請けの位置をもつ我々は
一部の元請けによっては
動かされて 動く。
働かされて 働く。
つまり 限りなく主体性がゼロに近くなるのだ。
そして その仕組みを軸に行動していると
危険だと感じている。
危険とはここでは 連鎖倒産などの話しではなく
個々人の仕事 そのものに対しての主体性が消失していく事が危険だと思う。
なぜならば
与えられたことを とりあえずFUTUUに やっておけばいい。
ことしか 求められない環境 も手伝うが
作業レベルでの改善や最善策などを含めて
どのようにしたら もっとよくなるだろうか。という向上心を失い、
やり方の効率を カンガエナクナル事につながるからだ。
つまりは 理不尽だと思えることも
ロボットのように言いなりになっていればOKということ。
そして 一番のデメリットは
個々人のモチベーションが 外的なコントロールによって
下がりやすくなる、点だ。
最終的には 必ずつぶされる。
細かいことを言うようだが
言いなりに動く とはかなりの経費を使いこんでいるということも含まれる。
また 最悪なことに
従来のプロセスで、ある程度までこれを 経験してしまうと
「毎日 現場は出来てんだから別にこれでいいんちゃうの?」
って結果論になる。勿論、当社にとっての付加価値もつくれないままに。
下手なことを下手なままに ずっとやりつづけてしまう事に気づきはない。
意識変革を嫌う体質にどっぷり浸かってしまう。
これでは危険どころか
習慣化してしまい 感性が麻痺状態ではないのだろうか。
この業界の下請けのスタンスは 最近ムリクリ解釈した。
協力会社とはならない この業界の仕組みも私なりに解釈した。
「この業界の下請けって・・・」こういうこと?
と、カルチャーショックを受け続けてきたが
これは、仕組みの上に乗っかってる、
代々の下請けの諸先輩たちが 元請けに声を挙げなかったからかもしれない。
と最近、思うようになった。
一部の杜撰な元請けにびくびくして
目先の受注の世間話しで ご機嫌をとる。
元請けにとって 最善の役に立つことを毎日何年も積み上げてきても
実は ただの傲慢な元請けに成長していたりする。
共栄 という日本語は知らない。
まして、下請けが提案したり 自己実現するとつぶされる?
時代錯誤もいいところなので払拭してもらいたいが
他人と過去はかわらない。
そこの地点から 我々がどうしたいか。に焦点をあてたい。
当たり前の仕事を当たり前にこなす。
この 当たり前レベル が疑問だが
これを 充分な価値とするしか
悲しいかな、会社の体力がない。
求めちゃいかんのか・・
変えられることは何だろう。
(名誉のために)
立派な元請け下請けも沢山あります。
尊敬できる人格者の方も沢山存じ上げております。
自己の成長、自社の成長には
必ず痛みがともなう。
この痛みを何とするか・・
ただの無駄な痛みなのか・・
まだ新しい協会です。
カードとバッチが先日 手元に届きました。
日本グリーフケア協会HPはこちらからです。
今の時期は 種取り が楽しいです。
三女 長男 と一緒に見つけては ハイエナのように種にたかります。
自宅には 庭がないので
土がある一階部分に蒔いて指で押しこんでいるふたりは。。。
大丈夫?・・・
この種 かなり たまります。
木を植えれないので 草花を。。
役にたったら いいなあ~~~![]()
路地物の小菊もきれいな時期ですne。
園芸展は
観るも楽しい。体験するも楽しい。食べて美味しい。
これって・・・・ 高校生の技 なんですよね。。。
それと、高校生 nanoni
接客が 毎年 すばらしい。
毎年 感じますが 男子 女子の接客が気持ちいいです。
「いらっしゃいませ。」
「どうぞ 中へお入りください。」
「只今 イスをおもちします」
「空いてますから 大丈夫です」
接客班 男子・女子。
例えば
どこかで バイトをしている、 していない、にせよ
校外でも この接客を受けたら ありがとう という気持ちであふれます。
すばらしいです。ほぼ全部のブースを 回りましたが 嫌な気分になりませんでした。
逆に 相手を大事にする表現を沢山 受けました。
ですので
この女子・男子の接客を受けたあとは
毎年 困るんです・・・
帰りのお夕食処での話です。
二子玉川にある百貨店、南館にある K。
味は すごくよいんです。味 大好きなんです。
でも・・店長さん?50歳くらいですか?
行けば いつも残念に思います。
もう このお店は味を楽しむだけになりました。
町田Mo~の3階のケーキ屋さん。
レシートの店名も フランス語で私 分からないのですが
毎回、びっくりです。言葉を交わせば三回くらいびっくりします。
人って人に嫌な気分をさせたくないですし
したくないのですよね?
接客ってすごくすごく大事だと思います。
大人になると
つまらない感情が頭をもたげて うまく話せなくなるのかな・・
それとも。。。
今年もいいものにたくさん 出会えました。
ありがとうございます。
園芸高校をつくっている方々に
感謝をいたします。
来年も 行かせていただきます。
学生たちは閉会式が始まっていましたが
私たちは バラ園や枯れ山水、徳川の松、新しい中庭。。。
まだ鑑賞しきれてなかった・・
名残惜しいです。
2008年百周年を迎えた秋の園芸高校 11月8~9日の”園芸展”でした。
担任の先生も普通にうたい そのままみんなで閉会式へむかうのでした。
今年のガーデニングショーは 奨励賞とのこと。
やはり すばらしい!
こちらは 和 で きましたねえ。
随分 内容を盛り込んでます。
コンセプトが 4っつとは・・
見習いたいです。
これでは 朝4時まで(自宅で) かかりますね。
みんなの結束力があらわれています。
そして これは 美味しいです!!!
栽培した ゆず と レモングラス のあたたかいお茶。
香りも味もすごく好みです。すごく 好みです。すごく好き。
おかわりしたかった・・
テイクアウトも したかったです。御馳走様でした。

ナマバン なんて・・長女の文化祭以来です。
いいですね。音楽が出来る人。
勇気がもらえます。
やっぱり 長男は 江ノ電の写真を選択して 生徒さんから写真を
惜しみもなく、いただきましした。 ありがとうございます。
専修生のお部屋は プロ仕様でした。
寒かったので 熱いもやしスープは 有難いです。
ごぼうのマフィンも 健康的ですばらしいです。
サーターアンダーギーも 美味しいです。
ゆず や ハーブも 今時、世間で気になる素材ですよね。
どれもこれも 生育も考慮し
仕上げは1ヶ月での用意は至難の業ですね。
自分たちが栽培したものを加工する。
すごい プロセスです。
まして ターゲット層をしっかり捉えていませんか?
お客様が喜ぶものを学校で生み、育んでいる。
感動ですよ・・
それから 視点を変えると面白い~~~
「アウトドア 喫茶」 これいーー!!
囲いがあると 落ち着きます。
床にはマットもいれてあるとのことで 歩く感じが やわらかい。
落ち葉をまいて カサカサいーーーでーす!!
しゅろ縄をつかって ドライにした花でリースづくり体験もあって
中庭では 和太鼓が響きます。
「すごくてすてき」 です。
~③に続きます~
待ちに待った 園芸高校の文化祭です。
今年は 創立100周年とのこと。おめでとうございます。
この学校 なぜにこんなに 園芸祭などが 素晴らしいのか。
長女がなんとなく申しますには
まず とにかく
先生が 一流揃い(心と頭のサポートが出来る先生揃い)なのではないか。
「塚ティーみたいなのばっかなんだよね きっと」《彼女の恩師で人格者》
地域の理解を得ているのではないか。
・・・
とのこと。
確かに、一理も二理もあると思います。
先生方は生徒の目線の高さだし
偉そう方はみかけたことはなく
常に 先生からの生徒への声掛けがあって
見かけも作業着なので生徒だか先生だか分からない、といった印象です。
これには 何かがあると思う。
・・・ここは クオリティースクールなの?
約8年後に私が入学したい希望があるのでその時に探ってみましょ。
さて
園芸高校の今年の園芸祭のテーマは
亀は万年 鶴は千年 園芸は百年
さあ 1世紀の宴をはじめましょう
ということで
三年間お世話になりっぱなしの三谷一輝くんのお母様のガイドでこれ!
広大な敷地の畑側で拝めます。
ゾウガメです!ずりーぃずりーぃと動いてるんですよ!
夜は脱走するらしいです。
そして いたるところに
冷凍球根の抑制栽培によるソルボンヌが満開の 島があり、
曇り空に華やかさを 添えていました。
恒例の金魚つりは 長男の定番ですが長男は 釣ったらおわりです。
一緒にお世話しないので 当分の間は封印しました。
ねずみれーす 結構えきさいとです。
かわいいレースが終わったあとの景品も
動物科の動物たちのナイスショットのポストカードです。
なんという創造性。
すごいですねー。
そして
生徒たちが育ててきた野菜はもちろん草花の
切りからポットからを例年どおり販売されていたり
鑑賞花もあちこちにあり
育てた果樹からのジャムは食品科からの提供。
また 育てたもので教室をいろどり
育てた野菜で お菓子やお茶をつくり
楽しんで 試食もしてもらう。
リースづくりや 苔玉づくりもあって 季節や時代をグッと捉えている素晴らしさ。
あ~~~~~~ たのしいそうだ!!!!!
というよりも 私は部分的には仕事でやってきていることなので
間違えなく
たのしいんだわ!
二女、 この学校なら だぶりも財産になりそうよ。
でも 社会にでてこの学校での財産を生かし 高めつづけると
価値と価値の交換で給与が発生します。
それも 魅力じゃない![]()
~②へ続きます~
三女が 教えてくれました。
”お話名人” と ”聞き名人”です。
彼女は 暗記をしていて いつでも すらすらと教えてくれます。
すばらしい!!!
実行できたら 親要らない。。。
。。。逆でした。
実行を目指す親でした。。。
”お話名人”
あ・・・・あかるく
い・・・いきいきと
う・・・うーんと考えて
え・・・笑顔で
お・・・終わりまで話しましょう。
”聞き名人”
あ・・・相手の顔を見て
い・・・一生懸命に
う・・・うなずきながら
え・・・笑顔で
お・・・終わりまで聞きましょう。
・・・大人になるにつれて どれも出来なくなる。
でも
力の欲求が強い おとなは
人(相手)を見て
やる。
挨拶も 相手(人)を見て
やる。
つまり 自分の中の上下の立場に焦点をあてて やる。
挨拶が返ってこなかったら 悲しいですよね。
でも その大人は
人に笑顔を見せることを負けとしたり
うなずきの承認は 自分の立場を下げるとか
挨拶は自分が したくない から しないんでしょうね。
その人は死ぬまで それをし続けるのでしょうか・・
そして
わたしも おとなです。
もっと もっと こどもから教えてもらわなくっちゃっ!!
株式会社 夢魅る力 HPはこちらになります。
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花飾
山姥ブログより
私は、会社の在り方を いつもトップに聞くようにしています。
出来るだけ 効果的な質問になるように工夫をして。
しかし
目の前の作業の見える所だけしかトップが捉えていないと
質問の内容は難航します。
その会社のトップが考えたように会社は 成ります。
それ以下でも
それ以上でもない。
会社は思考をもっています。
どんな 思考を?
その経営者の思考 そのものが その会社の器 となって
現象化しています。
なるほど、と納得がいくことです。
しかし
トップの考えのナイところには
なにも 成りません。
自分も育たない 従業員も育たない 会社の成長も・・ない。
考えがナイから 在り方 なんて遠い話しです。
もしくは、在り方(理念)を すっとばして 現場=金。
現場で稼ぐ。これは トップなら当たり前の行為です。
出来て 当然、尊敬に値するところです。が、
視点がここだけでは
トップの役割はどうかな。と 首を傾げたくなります。
つまり 会社の土台が
俺が(私が)稼いでるんだからいいんだ。とか
俺が(私が)やってやってる。とか
この感情だけの判断と 短期的見解で動いていると
組織では ありません。
主語は常に自分で
やり方が 我流であることが大半だったりします。
これでは 会社の仕組みがうまく機能をしていて
仮に 利益をだしていたとしても
会社自体としての 魅力は ゼロ。もしくは マイナスではないでしょうか。
自分が よくなる事や 会社をどうしようということを
求めていないから 考えがでない。のは
当然で、
その結果
安きに流され、目指すものが見えず
日々 ”考えを持たない現状維持” を過ごすことになるのです。
沢山のリスクをはらんでいます。
しかし
これも その会社の器 といったところでしょうか。
まずは
怒の感情で 物を考えないクセをつけることから始めたい。ですね。
それは
簡単なことです。
自分で自分をコントロールすれば いいのですから。
その 効果のない怒の感情が頭をもたげてきたら
追い払えばいいことです。
そうすれば 怒り に支配されずに済みますよね。
そこから
会社で実現したい事を 明確に、
目指して、
そして 考えを 研ぎ澄ましていく。。。
簡単なことですが 訓練です。
自戒をこめて。
新聞で見ました。
それから ほりえもんさんのブログを読みました。
そして You Tube で華原朋美さんの I'M PROUDO をブックマークしました。
そのあとは 華原朋美 globe trf の着うたやメロを 上の娘ふたりと夜な夜な聴いたりしました。
小室哲哉さんは 日本の音楽の文化を創ったおひとりだと
私も思います。
生憎 私はテレビを見ないので
どんな 報道がなさているか 知り得ませんが
言えることは
小室哲哉がつくった曲が 音となり 歌となって、
それに
励まされ 勇気をもらい 前向きに生きれている人たちが
今 居ることは 現実です。
感動を与え続けてきたのも 現実です。
小室さんは どのような経緯で どのような立場に
今 置かれているか 分かりかねますが
偉大な人は また 偉業を成し遂げるものだと
私は 思っています。
あんなに素晴らしい歌をかける人なのだから。。
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神宮外苑へ 繰り出したそうです。
昨日は 提灯祭り が夕方からあったそうですが
時間の都合上 見てこなかったそうです。
残念そうな あーちゃん(お婆ちゃん)でした。
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私のブログ書きは文章修業だと最初から決めて
恥かき覚悟でブログの公表をしています。
ですので 言葉を使った原稿を書く人たちは
ほんと マジすごいなーーと遠目から憧れています。
やっぱり高学歴が必要なのかなあ とか
感性が鈍っていたら 言葉もにぶるよなあ とか
妄想しています。
そんなとき、
三女・長男が お世話になっている公文のお知らせのプリントに
なるほど。という記事が載っていました。
”ようこそ国語の部屋へ”
「文を書く」とは、無数の数ほどある正解(選択肢)の中から、
後悔せずに済むような”最もよいひとつ”を選び取る仕事です。
その技を磨くためには数多くの言葉や文に接し、
何がよくて何がよくないかを学ぶことから始めなければなりません。
「漢字」というものがあって、たとえば小1では、「はは」を「母」と書くことを学びます。
そしてある日、「はは」を漢字で書きなさいという問題がテストにでたりして、
それから先は同じようなことが高校を卒業するまで続きます。
でも、私たちが「はは」という漢字を学ぶのは、
テストでバツを貰わないようにするためではありません。
「母親を指し示す表現方法をひとつ増やすためです。」
言葉や漢字を勉強する最大の理由はそこにあります。
一つの言葉や漢字を習ったからといって、つぎから絶対にそれを使わなければいけないということはありません。
自分が持っている”同じ何かを指し示す表現方法”を少しずつ増やしていく。
そして使うべき時が来た時に、数ある選択肢の中から”最もよいひとつ”を選び取れること。
それが大事なんです。
知っているか知らないか、漢字で書けるか書けないか、
ただそれだけのものなら、国語なんていりません。
国語を勉強し、本を読むのは、
「手持ちの選択肢を増やすため」であり、
手持ちの選択肢を増やすのは
「自分の人間性を高め、表現を豊かにするため」です。
(以下略)
そうだよなーと 読み返して。。。
私の頭の中では
あ~ あの学生時代に明治文学に勤しんでおけば・・
とか
そうだ 子供たちには 読書を強化してもらおう・・
とか
あー 仕事上、自分の言葉不足や
言葉の選択ミスに気付かない私より年上の大人は
いつまで 周囲に同じことをつづけるんだろう
とか。
文を書く 言葉を選ぶ 最もよいひとつを選び取れる。
それは表現。
人を傷つけることない手持ちの選択肢を
自分の表現に増やしていこう。と思うのです。
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今日から 11月です。
今日から 私はヤナ事から 仕事を進めていこうと決めました。
その ヤナ事が きっと成果の80パーセントを作りだしているのです。
そのヤナ事が習慣になったら 次のヤナ事にチャレンジしよう。















































































